書庫(アーカイブ)

コラム

■2010年5月~2011年4月

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コリントの信徒への手紙一14:11

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 保谷教会は1953年5月12日に、当時東京老人ホームの一室で守られていた集いが日本福音ルーテル保谷教会として組織されて誕生しました。1923年9月関東大震災後直ちに始まった日本福音ルーテル教会の救済活動から、1936年武蔵野の林に囲まれた現在地に移転した木造二階建てのホームでした。やがて信徒の群れが出来、地域に開かれた働きと施設として交流を深め、福音宣教の拠点として成長しようという思いがありました。その道程は2008年5月以降保谷教会のホームペイジに保谷教会の宣教史の一面として紹介して来た通りです。
 やがて57年の保谷教会の誕生日となる5月12日を迎えますが、2008年5月このホームペイジのコラムは始まって100回のまる二年となりました。コラムは「聖徒の交わり」の広場/ネットとなって行けるか模索しています。成長する教会の道程と広く地域社会との関わりを思うからです。地域社会における「宗教の社会貢献活動」を調査している吉野航一・寺沢重法(北海道大学大学院文学研究科)はその視点について「普段の生活のつながり」「身近な世界」「宗教生活」という「分かる言葉」の視点が重要だと記していますが示唆を感じます。
 「意味の分からない言葉」を語る人を「外国人」と使徒パウロは言っていますが、当時のギリシャ・ローマ社会から見た「よそ者」という感じでしょうか、親しい仲間内の所謂「うち者」だけで通じ合う集団に入ると、そうでない人々は何となく「よそ者」のような感じを持つのは当然です。使徒パウロは「分かる言葉」で語るよう勧めました。「普段の生活のつながり・身近な世界」に生きた言葉でイエス・キリストは神の国の福音を伝えられたのです。

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コリントの信徒への手紙一14:11

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 1945年第二次世界大戦後、沖縄は日本本土から分離され米軍の統治下におかれました。27年後の1972年5月15日本土復帰となりましたが米軍基地は殆どそのままでした。第二次世界大戦末期米軍との激しい地上戦により12万人もの人々が犠牲となりましたが、これは当時の人口の4人に1人が犠牲となる悲惨な出来事です。戦後米軍は沖縄の住民が捕虜として収容されている時期に土地を囲み基地を作りました。復帰後土地代など政府と契約方式となりましたが、当然その経緯上認めないという考えもあります。沖縄県に全国の米軍専用施設の75%が集中しているのは少々異状さを感じます。(朝日学習年鑑「政治と経済」)。
 そもそも全国知事会議などで重要課題となることがあったのでしょうか。「全国の皆さん、沖縄の基地問題は沖縄だけの問題ではありません」仲井真弘多沖縄県知事の言葉です。大田昌秀元知事は「これではあまりに沖縄の負担が重すぎます」と訴えていますが全国の意識の落差は大きいようです。日米安保条約(1951年)は米国の日本防衛義務(第5条)と日本の基地提供義務(第6条)を柱としています。目的は「日本の安全に寄与」することと「極東における国際の平和及び安全に寄与」すること(抑止力でしょうか)とあります。「日本にはアジアで影響力を持つ国であってほしい、そうしないとアジアのバランスが崩れてしまう」という米政府高官の言葉に触れ「極東の平和と安全の役割を米国も近隣諸国も心配していること」と記しています(「日本@世界」朝日新聞社主筆船橋洋一)。60年・70年安保問題の問いかけを思います。
 使徒パウロは「互いに重荷を担う」よう薦めています。「重荷」とは「抑圧・圧迫・悩ますもの」など意味する言葉ですが個人的にも社会的にも「互いに重荷を他者に丸投げするようなことがないように負いあう」のです。「愛によって互いに仕える」ことです。「隣人を自分のように愛しなさい」と言う十字架痛みに担われた主イエス・キリストの新しい戒めを全うすることだからです。途方に暮れた混迷の中で常に一筋の光となった言葉です。

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ヨハネによる福音書3章8節

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 風薫る緑が美しい季節となりました。緑の若葉が風にそよいでいます。風が吹くことと、緑の若葉がざわざわとそよぐことは本来別の次元のことですが、風は思いのままに吹き若葉はそよぎます。昔、手の平に木の葉をおいて子どもたちに「この木の葉は手の上で動かないし、動こうとしません。でも動きます」と言うと子どもたちは怪訝な目で私を見ました。私は手の上の木の葉に息を吹きかけました。木の葉はさっと宙に舞いました。「なんだ、そうかあ息を吹いたのか」と子どもたちは笑い出しました。「神さまは命の息で人を生きて働くものにしてくださったんだよ」。
 キリスト教会が誕生したときのことを「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」と聖書(使徒言行録2章1節)は記しています。神さまの聖霊が臨み、神さまを賛美し祈る群れの一人ひとりに力を与え働きかけてくださったのです。「聖霊」は「風・息・霊・生命力」を意味する言葉です。共に集まり、神さまを賛美し、聖書に聞き、祈る弟子たちに、神さまの命の息が臨み、神さまの心を生き、告げ知らせるように力強く動かしたのです。ペンテコステ/五旬祭の日でした。イエス・キリストによる神さまの愛に生き証言する群れ/教会が生まれたのです。
 教会は、私たちが必要とする以前に、神さまが必要とされたのです。復活の主イエス・キリストは天に昇り、時と所を越え聖霊のお働きをもって神さまの救いのご計画を進めてくださいます。「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得る(ヨハネによる福音書3章16節)」ようにとの神さまの救いのご計画が告げ示されるよう教会が生まれたのです。聖霊はきっとあなたの心に語りかけ命に働きかけてくださることでしょう。主のみ名を賛美しましょう。

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テモテへの手紙一1:5~6

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 季節は変わりましたが「福袋社会」と言う言葉を見ました。百貨店の花形商品が「福袋」になったというのです。確かに福袋に殺到する大勢の人の列は年始風景の一つのようです。ほしいものが見えなくなった社会でしょうか。それでも何かほしい。その何かがあの袋の中にかくれている。そんな期待や思いが人を福袋に向かわせる。福袋を買うというコトを買っている。中にあるものは二の次なのだ(CM天気図/朝日新聞)とありました。福袋が破れたら次は何が出てくるのだろうか。
 内田和成(早稲田大学ビジネススクール教授)は「論点思考」で、「重大なあやまちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えることだ」というドラッカーの言葉を引用しています。解決を急がれる多くの深刻な問題が私たちを二重三重に取り巻いているような気がします。考えさせらる言葉です。聖書の中で罪とは「的を外す」という意味がありますが、的外れの議論や問題の設定が多いのではないでしょうか。真の問いを見極めることこそが大切ではないかと思います。
 使徒パウロは若いテモテに対して書いた手紙を通して的を外すことのないように愛に基づいた真実な心を持って生きるよう薦めています。真理を曲げてしまうものが多かったのです。迷信的な話題や時流に乗った考えは人々の生き方を惑わしていました。真の問いを見失って無益な答えを求めていたのです。愛に基づいた真実な心をもって的を外すことのないようキリスト信仰に生きるよう教えました。

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ヨエル書2:13

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 日本という国家が明治の初め以来、政治にも経済にも学問・文化にも、すべて西欧先進国をモデルとする「近代化」を求め、まさに「普請中」を続けてきたのではないかと森鴎外は「普請中」という作品に書いています。普請が続くこと自体に問題があるわけではないであろう。だがその普請にいつまでも確かなめどがたたず、いたずらに普請が続くということが問題だ(「現代日本の生のゆくえ」宮島喬・島薗進編)とありました。総理大臣が一年たらずで次々に変わるのはどういうことなのでしょうか、なお続く「普請中」なのでしょうか問われる思いです。
 「普請中」から抜け出すヒントは善く生きようとする「自覚」から、他者そして社会・世界への「つながり」によって生きていること、生かされていることの「自覚」にあると村井実(慶応義塾大学名誉教授)は述べています。新約聖書で「自覚」を意味する言葉は原文では「良心」とも訳されている言葉で「共に知る・認める」という意味です。自分一人だけの知や思いや考えではなく、ある存在者(神)、他者と共に知る・認めるということです。内村鑑三が「天道」「人道」の自覚と言ったのは、この辺の事情でしょうか。
 預言者ヨエルはいなごの異状発生による荒廃の中に神さま警告を聞きとり、悔い改めを説きました。このままでは破滅だと人々に訴えました。アッシリア・バビロニアと続く世界支配はユダヤにとっていなごの大群による不毛の地と化した難事を写出していました。ヨエルは「自覚」を促すよう神さまからの大事なメッセージを伝えたのです。危機打開の道は真の悔い改めです。それは「神に立ち帰る」ことです。神さまの愛と恵みに満ち、憐れみ深い慈しみに信頼することへの自覚でした。

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ヨエル書2:13

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 人生最後が肝心です「私の死に方」とは、これは某週刊誌大特集の広告の言葉です。今日気になる話題の一つの反映かもしれません。「私の・・・」とは、自分を傍観するのではなく、自ら事柄の中にある者として考えさせる契機、或いは問いを提供しているとも言えます。「人は生きてきたように死んでいく。よき死を迎えるためには、よく生きなければいけない」とホスピスの働きを通して多くの方々を看取ってこられた柏木哲夫先生(淀川キリスト教病院)は、社会福祉法人「しいのみ学園」理事長・園長を勤めておられた昇地三郎先生との対談で語っておられました(「致知」2008・1)。
 柏木先生は「人生を動かす三つの言葉があります。使命・懸命・宿命です。命を使うと書くように使命感をもって生きること、命を懸けること、その結果、命が宿るような人生を生きることです。よく生きるとは前向きの人生であり、周りに感謝できるということに集約できるようだ。そして大きく見れば、神は万事が益となるように共に働いていることを実感する(ローマの信徒への手紙8:23)」と語り、昇地先生は「自分は年だからと消極的になる老感と、自分は何か病気じゃないかと弱気になる病感を持たないことだ」と言っていますが人生の大事な姿勢を教えているようです。
 「私の死に方」とはそれこそ、その私の足場が「よろめく」ような大きな問いです。その問いを私たちは背負って生きているからです。しかし聖書は私たちに答えをもって語りかけています。「足がよろめく」とわたしが言ったとき、主よ、あなたの慈しみが支えてくれました(詩篇94:18)。「よろめく」とは、急流に足をすくわれ「すべり」倒れそうな様子を言います。それほどの問いの中で神さまは慈しみをもって支えてくださるのです。この答えの中ではじめて「よろめく」滅びについて真に考え語ることができるのではないでしょうか。わたしたちはよろめく足を「神の慈しみに支えられ」て生かされ、感謝して前向きの人生を善く生きるよう導かれたいと思います。

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詩篇143:5

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 「寂しい平日・手紙はパパの宝物」と朝日新聞「五線譜」にありました。大阪に家族が住み、東京の某保障会社に勤務する単身赴任者の一文です。「少し古びた紙片を、スーツの内ポケットへ入れた手帳に大切に挟んでいる。幼かった長男が、平仮名が書けるようになって初めてくれた手紙。大きさのまちまちな、でも一生懸命な文字で「とうちゃんだいすきだよ」―午前8時26分東京着。ラッシュの中へ歩き出す。次の機会までの約二週間家族を離れ一人暮らしが始まる寂しさを越えて希望をもたらす長男の笑顔と大事な紙片が目に見えるようです。
 幼い子どもたちの書き残した紙片や作品の多くは、時代と共に度重なる移動やもろもろの事情によって手元に無い方も多いことと思いますが、それぞれの記憶の引き出しには沢山あると思います。私の息子が小学校の3年生の時でした、遠足で玩具の十手と印籠を買って得意になっていました。私にそれを見せながら「この紋所が目に入らぬか」と言っていきなり十手で頭をコツンと一発、まるでドラマ水戸黄門そのままです。目が点になった私は「ははー」といって頭をさすったものでした。それは「大事な紙片」と同じように現在置かれた環境や条件を越え、時には愉快な物語を語りかけています。子どもも親の後姿や日常の一言に物語を刻んでいることでしょう。
 旧約聖書の詩篇には「悔い改めの詩篇」と呼ばれるものが七編あります。143編はその最後の七番目のものでダビデ王の作とされています。昔を振り返るダビデの生の物語には数々の栄光もさる事ながら、そこにはまた深刻な罪の闇が裁きの口を開けていることを知って恐れました。改めて心の底から神さまに向き直ることを決意したダビデは、ただ神さまの慈しみに頼りました。そして彼の生の物語のすべてに神さまの手の働きを覚え、感謝せずにはおれませんでした。真の神への賛美が真の悔い改めにあることを教えられたのです。

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ローマの信徒への手紙10:15

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 「ありふれた朝。その中に一日の淡い幸福感の保障が潜んでいることもある」という落合恵子さんの「ありふれた朝の」(生活欄/朝日新聞)を目にしました。「前を行く同世代の男性が曲がり角の黒いフェンスの前で立ち止まったのだ。道路に飛び出していた純白の花をつけていた枝に手をのばした。背を屈めた彼はやさしく枝に手を添え花に顔を近づけ香りを嗅ぎ、ありがと、とでも言うように枝を撫でて再び歩き出した。ただそれだけ。ありふれた朝の中の数分間の光景である。が、わたしは今日一日の、淡い幸福の保証を贈られたような気がした」とありました。
 ヨーロッパの古い教会には美しいステインドグラスが目立ちます。以前ある教会で「世の中が暗(夜)くなると教会のステインドグラスは教会の中に点された光によって暗くなった世(夜)に美しく聖書の物語を語りかけます。世の中が明るく(昼)なると教会の中はステインドグラスにあたる光によって美しく輝く聖書のメッセージを会堂の中に満たします。これは私たちの生活の励みであり大きな慰めです」という話を聞いて、ありふれた日常の光景の一つであった古い教会の美しいステインドグラスを観ることから考え聴き入ることを学んだことでした。
 私たちがいつも見過ごしてしまう見慣れた光景の中に神さまの愛のメッセージを聞き取るように教えられたのはイエス・キリストです。空の鳥・野の花を指して人知をはるかに超えた神秘の世界に注目し、神さまの深い愛が私たちを支えている恵みを教えてくださいました。あなたは愛されていると言われて過ごすのと、あなたのことは知らないと言われて過ごすのとどっちが幸せかは言うまでもありません。神さまはイエス・キリストによって命がけで私たちを愛していると約束されました。「世界は教材に満ちた神さまの教室だ」と言った人がいましたがその通りだと思います。

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箴言18:12

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 南アフリカの人々を取り巻く歴史や厳しい現実社会に学ぶ機会を与えてくれたサッカーW杯に世界がわいています。日本代表の対戦時間には各地で応援に熱が入り翌日は多くの方々が眠たい目をしていたようです。ベスト8はなりませんでしたがチームの善戦と健闘を称える歓声は尽きません。記者団との会見では、代表メンバーの皆さんが「一体となって試合に臨んだチームワーク」の素晴らしさと励ましに触れ、「このチームでこれからもずっと一緒にゲームをしたい」と笑顔で、謙虚に語る姿に勝敗を越えた清々しさと感動を与えられた人は少なくないと思います。
 「うちの近くに公園がありまして、スズカケの木が五本並んでいる。北から南に向って五本、私はなんでもかんでも驚くんですけれども、その五本のスズカケのうちのどれがいちばん背が高いかというと、北側がいちばん高くって、南側のがいちばん背が低いのです。貪らないんです。俺は南でいちばん日を受けるんだから、どんどん大きくなってやるというんじゃなくて、後ろほうとの連携を考えて、そういうふうになっているのか。自然が決めた摂理というのは、こういうふうに貪らなくなっているのだなと思います」という三浦綾子の「祈りのかたち」の言葉には真をついて、つくづく自らの在り方を考えさせるものだと思いました。
 「真理は道端の小石を拾うのに似ている。だれでも拾おうとすれば手にすることができる。しかし、その真理という小石を拾うには膝を屈めねばならない」という古人の言葉をなるほどなと言う思いで聞いたことがあります。大事なことは謙遜な姿勢です。これは、昔から私たちにとって得意なことではなかったようです。そのため互いに無駄な闘争心にエネルギーを浪費してきたようです。自らに対して「事業仕分け」ではありませんが「名誉に先立つ謙遜」の「見直し」の必要を聖書は教え、神が人となってくださった救い主イエス・キリストの恵みの事実を証しています。

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ヨハネの手紙一3:1

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 親子らしい雀が庭先で餌を探して動きまわっていました。親雀を上回る大きさに成長した子雀に親雀は「ここに食べ物があるよ」と教えているように地面を突っついて見せています。大きな子雀が近寄り啄ばむ姿は、なんとも微笑ましい光景でした。新聞の声の欄に、八王子の宮崎さんが、病院に入院中、向かい側にある建物の丸い屋根の上で見た光景「ツバメの学校・兄弟愛に感動」がありました。子ツバメたちが飛び立つ練習をしている様子を描いたもので「小鳥たちの世界に大事な兄弟愛・隣人愛を、親鳥が学ばせている姿」への感動で結ばれていました。
 「親鳥は、数羽いる子ツバメを、横一列に並ばせ、順番に1羽ずつ飛び上がらせていた。その中で、末っ子と思われる一番小さな子ツバメだけがいつまでも残っていた。兄弟は皆で末っ子ツバメの目の前で、何遍も飛び立ってみせては、旋回をして、誘うように何遍も何遍も飛んでみせていた。・・・ついに末っ子ツバメが飛んだ。その子を真ん中にして子ツバメ兄弟は優雅に舞い、森の方へ去っていった。」宮崎さんにとってこの巣立って行った子ツバメをみた感動は大きな癒しとなり、励ましとなったことだと思います。
 次第に彼らが住める環境を破壊してきた私たちは、何か見忘れていたものを改めて気付かせてくれたような思いです。「空の鳥をごらん(マタイによる福音書6:26)」と主イエスは人々に語られました。「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す(詩篇19:1)」からです。そして、主イエスによる神さまの愛の配慮に注目し、どれほど深く神さまの愛がわたしたちを包んでいるか教えてくださいました。ヨハネは「事実、わたしたちが神の子と呼ばれるほど」だと教えています。

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コロサイの信徒への手紙3:12~14

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 イエス・キリストによって告げられた救い・愛・正義・平和の「良い知らせ」は、戦争や貧困、不正によって、いまだ荒廃している現代社会では簡単に受け入れられるものではありません。人間と社会のこの関係に福音の光を当てるものとして「教会の社会教説綱要」が、昨年カトリック中央協議会から翻訳出版されました。これは「現代社会のさまざまな問題に適切に対処」しようと言うキリスト信徒の日常生活を支え助けとなり、人類の善を望むすべての人々との対話を動機づけることと翻訳者の一人であるM.シーゲル先生(南山大学総合政策学部教授)は述べています。
 課題多く混迷した現代社会に生きる私たちの注目したい呼びかけです。1999年10月「るうてる札幌(札幌教会機関誌)」に「21世紀を迎えることは歴史の節目一つのであるが、各界で企画されるさまざまな計画の一つとして過ぎて行くか、キリストの時として自らの姿勢を証言していく節目とするか大事な時である」こと、そして、ローマカトリック教会が「『2000年を大聖年として過去犯した教会の罪の赦しを願う年とする』としたことに注目したい」と記したことを思い出します。このことは社会的重要性をもつ課題に関する「体系」をしめす1892年のレールム・ノヴァルム(労働者の境遇)から1991年のチェンテジムス・アンヌス(新しい課題ー教会と社会の百年をふりかえって)の積み重ねの上にあることを覚えたい旨記しました。
 課題多く混迷した現代社会との対話は容易ではないでしょう。コロサイの信徒への手紙は、批判すべきは批判し、引き受けるべきものは引き受け、人間性を高めるものと脅かすものを識別していくことと、身に着けるべきものが何であるかを教えています。そして、福音の本質を、その時代の人々の特徴ある表現に合った言葉で伝えようということです。その時、イエス・キリストによって父である神さまに愛されていることを知っていることは大きな力です。「愛は、すべてを完全に結ぶきずな」だからです。私たちは「愛し合いなさい」というイエス・キリストの「新しい戒め」に対する従順を教えられたのです。

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コリントの信徒への手紙一13:4~7

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 猛暑の中、東京都で「高齢者不明」という報道に背筋が凍る思いです。100歳以上の高齢者の所在や生死がわからないという事態が続いています。113歳になる女性が不明で住民登録地に住んでいないことがわかり、111歳の男性は実は30年以上前に死亡したらしいと言うことです。寂しく悲しい出来事です。こうした例が既に数十件あるといいます。「世界一の長寿国」と言われた日本の実態は怪しいという海外からの評も聞かれます。自治体や警察も共に実態調査を進めるということですが、家族も把握していないという家庭の空洞化は深刻です。
 1960年代に入り「マイホーム主義」という言葉が流行しましたが、数年後には「核家族」の呼び名が広まりました(岩波ブックレット「年表昭和史」)。そして「子どもはといえば、カギっ子になって、学校から帰ってくると、オヤツを食べるのもそそくさと、学習塾へ飛び出していく・・・いささか文学的な誇張を許されるならば、あとにはマイホームという名の、人けのない建物が残るだけで、つまりは家庭の空洞化である」「家族は本来求心的に結集するはずのものだが、自由を求める気分は逆のベクトルを示して、遠心的に働く」(「敗戦国民の精神史」石田健夫)のでしょうか。家族とは同じ屋根の下に生活しているだけでは家族とはならない。互いに家族をしなければ家族とはいえない時代だというある建築家の言葉が思いだされます。何が変わってしまったのでしょうか。
 石田健夫は「そこに欠落しているのは、おそらく「愛」である。他者を他者として認める寛容さ、あるいは人間と人間を結びつける優しさ・・・」と述べています。オリーブは古い幹を支え囲むように新しい幹が包み成長するそうですが、旧約聖書の詩篇に「食卓を囲む子らは、オリーブの若木」(128:3)とあります。円いちゃぶ台を囲む一家団欒の微笑ましい様子が浮かびます。「愛はすべてを結ぶきずなです」。この愛の形を教え示した使徒パウロの上記のことばは真剣に見直す時だと思います。

(牧師 古財克成)

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テモテへの第二の手紙2:15

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 甲子園球場で全国高校野球選手権大会が行われています。今年7回目の出場となる熊本の九州学院はルーテル教会によって創設され、来年創立百周年を迎えますが、私の母校でもあります。今回ベスト8に進出が決まる善戦を続けています。在校生だったころ甲子園出場を決める試合当日が日曜日に当り、主の日の礼拝のため出場を辞退したことがあったという話を聞いたことがあります。校歌の中にあるように、校風の中には「深く根底を養い・・・自主自立の人物養成に邁進」する「霊育」の支柱がありました。
 ハワイの真珠湾には太平洋戦争開戦当時日本軍の奇襲攻撃により沈没した戦艦アリゾナ号を記念した記念館があります。そこを見守るように1945年9月2日日本の無条件降伏文書の調印が行われた戦艦ミズーリ号が置かれています。真珠湾には太平洋戦争の始まりと終結を記念し証するように2艦が並ぶように展示されていますが、1945年8月27日に行われた降伏文書調印に関わる日本政府と連合国との会議に通訳をした竹宮帝次氏、そして9月2日の調印式でマッカーサー司令官の通訳にあたったトーマス・トキオ・坂本氏、日本代表の外相重光葵の通訳和田隆太郎の三人は共に九州学院の出身でした(「歴史の大舞台の生き証人」「九学通信98号」)。
 1909年九州熊本にルーテル教会は神学校を創設開校次いで1911年九州学院を創設開校しました。多難な時代の到来を予告するような大逆事件が起こった時代です。 歴史の大事な証人の務めを担うかのような創立の時でした。「あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない練達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい」テモテへの第二の手紙2:15(口語訳)の言葉は「自主自立の人間形成」を目指し院長先生が折に触れて教え語られたことを思い起こし、いかなる時代・環境の中にも生きて働く大事な言葉だと改めて思います。

(牧師 古財克成)

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エフェソの信徒への手紙2:10

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 人は生きる上でそれぞれ人生の原点となるものや下敷きとなるようなものを持っていると思います。私は小学校4年生のころ読んだ「ヨセフ物語」がその一つだといえます。親の溺愛によって兄弟たちの反感をかい、エジプトに奴隷として売られた少年ヨセフは、主人の家で誤解を受け投獄されます。獄中で過ごすヨセフは夢を解く才能を認められ、ある時、国王の悩む夢を解きエジプト地方に迫る飢饉に備え、大臣として貢献します。やがて奴隷として自分を売った兄弟たちと再会したヨセフは、復讐ではなく赦しをもって臨み、飢饉に苦しむ老いた父と兄弟たち家族を救ったと言うヨセフの物語です。
 第二次世界大戦敗戦によって、生きる目標が瓦解し、学んだことの多くを放棄する矛盾に落ち込んだ中学の時、友人に誘われて教会に行くようになりました。しばらくして聖書の中で、小学生の時読んだ「ヨセフ物語」が記されている創世記に出会い、改めてこれは聖書に記されている話だったのかと驚き聖書に興味と親しみを持ちました。高校生の時、人間関係の不信に落ち込んだとき牧師先生は「ヨセフ物語」を例に「ヨセフは兄弟に捨てられ奴隷に売られたとき、最善の奴隷であろうと勤め、濡れ衣で投獄されたら最善の囚人であろうと勤めた。そして異国で大臣として用いられた時も奢らず最善の大臣たろうと勤めた。復讐の機会の中で愛をもって最善の家族であろうと勤めた。いつどんな環境におかれても、そこで最善の歩みをしようと勤めたヨセフを見習うように」と示唆に富んだお話をしてくださった。
 哲学者ニーチェは「自分を尊敬すれば、悪いことなんてできなくなる。人間として軽蔑されるような行為をしなくなるものだ[力への意思]」と言いましたが、私は「どんな時にも、どんな環境におかれても最善を尽くしたヨセフ」の生き方を下敷きにしていこうとその時思いました。私たちは「神に愛されている者」として「善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです(エフェソの信徒への手紙2:10)」。多くの試練と課題を前にして何度も挫折し、紆余曲折した歩みにも人生の下敷きがあることは大きな力であり励ましでした。

(牧師 古財克成)

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ヨナ書3:10

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 保谷教会では毎月第一日曜日の礼拝後婦人会・壮年会・青年会も合同で平岡牧師のご指導のもとに聖書の学びの時をもっています。女性会連盟会報の聖書研究を中心に楽しい学びのひと時です。5月からずっと旧約聖書のヨナ書を読み学んできました。時に活発な質疑や互いの感想に教えられ、学ぶこと多く、参加される方々も毎回二十人近くおられます。ヨナ書の出来事はイエスさまも律法学者やファリサイ派の人々にお話されたことが新約聖書マタイ福音書12章38節以下に記されています。
 ピノキオが悪人たち騙され、懲りずに失敗を重ね、大魚に飲まれ絶対絶命の危機から救われ、本当の人間になっていくという物語「ピノキオ」は、19世紀イタリアのジャーナリスト、カルロ・コロデイの創作として児童文学の傑作と言われますが、ウォルト・デズニーがこの童話をもとに長編アニメ「ピノキオ」を製作したのは1940年のことでした。そのメッセージは罪を悔い改め、善悪を判断できる勇気と自由をもった人間になることです。ニネべは私たちの周囲に、どこにでもあるものです。ヨナ書に題材を求めた「ピノキオ」は子どもたちに限らず広く読者の心に悔い改めと善悪を判断する勇気と自由を今も語り伝えています。
 ヨナ書が書かれたのはBC300年代と言われていますが、背景となっている舞台は前12世紀ころから繁栄したアッシリア帝国時代の首都ニネべです。ヨナの派遣とニネべの審判と悔い改めによる救済のメッセージは、ユダヤの枠を越えて神の愛と救いが恵みとして世界に及ぶ福音の展望が見えます。裁きを徹底的に実現することの出来る神が、悔い改める者を「思い直し」救われるからこそ神の赦しは確かなのです。それは恵みと言うより他はありません。ニネべは神の審判と赦しのしるしを担っていますがヨナはその間に主イエスを指さし立っていました。

(牧師 古財克成)

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マルコによる福音書5:41

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 少し前のことですが、フランス映画の「ポレット」を見ました。たまたまテレビで見かけたので一部に過ぎませんが母親を亡くした幼い少女ポレットが母親の姿を求めて「タリタ・クム」と口ずさみ一人遊ぶ姿は痛ましいかぎりです。「タリタ・クム」というのは、重病に冒され亡くなった少女に、救い主イエスが命を与え、起こされた時口にされた言葉で「少女よ、さあ、起きなさい」と言う意味です(マルコによる福音書5:41)。友だちの少女に「死んだ人が生きるようになる言葉」だと教えられポレットは亡くなった母親を思い、寂しくなると口にして自分を慰め、労わり励ましていました。
 父親は仕事のため、幼いポレットは寄宿学校で生活していました。母親の墓地は学校に近い丘にありました。朝早く寝床を抜け出したポレットは母親の墓地に急ぎました。小さな手で土を掘り返していると後ろから「ポレット」と呼ぶママの声がしました。「ママ」と叫ぶポレットに「パパと仲良くするのよ。そしてママのことも忘れないで、さあ行きなさい。パパが迎えに来るわ」。捜しに来たパパにポレットは笑顔で「ママとお話しできたの。皆と楽しむことを学びなさいって」といいました。ポレットは、いつも口にしていた「タリタ・クム」という言葉の本当の主の声を聞いたようです。過去ではなく、時間を先に進めてもらったポレットがそこにいまた。
 主イエス・キリストが復活された日の早朝婦人たちは十字架の主イエスが葬られた墓に向いました。そこで耳にした天使の言葉は「あの方はここにおられない。復活されたのだ」と言う言葉です(マルコによる福音書16:1~7)。主イエスの十字架の死によって時間が止まってしまったような弟子たちと婦人たちでした。彼らは止まった時間から、共に過ごした過去を振り返りやっと立っているようなものでした。主イエスは時計の針を過去に戻すのではなく先に進められます。死によって時間が止まるのではなく、「タリタ・クム/起きなさい」と復活の新しい命に向って進められるのです。

(牧師 古財克成)

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イザヤ書29:13

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 「日本で老人は敬意を払われておりKeiro No Hiという祝日まである」。米誌ニューズウイークは8月下旬の号で、日本を「年をとるのに一番良い国」とたたえた。だが高齢者の所在不明が数多く発覚し、その看板は大きく傾いた(9月20日朝日新聞社説「高齢ニッポン」)。とありました。家庭の空洞化は深刻です。聖書に「あなたの父母を敬え」という戒め(出エジプト記20:12)があります。その意味は、多くの欠陥を負いつつも私たちは父母を通して神さまの言葉が子どもたちに伝達される務めを担うからこそ敬われると教えた言葉です。この務めを私たちは放棄してよいはずはありません。
 神さまの戒めを心得つつ、イエス・キリストを取り巻くユダヤの環境には家庭の空洞化が進んでいたようです。神さまの戒めを蔑ろにして父母との間の責任や関わりを軽減したり逃れようとする傾向があったのです。「高齢者の所在不明・見えぬ実態」(8月5日朝日新聞)が報じられていましたが、高齢を生きる一人一人の生活と環境と思いは如何ばかりだろうか。昔も今も変わることはありません。イエス・キリストは、これは「神さまの言葉を蔑ろにしている」ことだと警告されたのです。
 以前「愛されるOO党になろう」という標語を掲げて、当時の政権党が党大会を開催したとき招かれた作家の曽野綾子が挨拶をされました。多くの新聞がそれを引用したようですが要点は「真の人間として生きる孤独な戦いを避け、仲良しを組んだ。そのため真の政治を離れた。孤独の勇気に生きることは仕える者となることだ。それが出来ないなら転職するべき」と言うものです。「真の人間としての孤独な戦いを避け、仲良しを組んだ。そのため真の政治を離れた」という真を突いた言葉は、今日政治に限らず、多くの課題に囲まれた私たちが傾聴したい言葉で、かなり射程がある言葉のようです。
 イエス・キリストはエルサレムの指導者たちを批判したこのイザヤの言葉を引いて、「昔の人の言い伝え」にとらわれ、神さまから離れ、真を離れて「仲良しを組み」、表面だけの「口先だけで心は遠く神を離れている」という現実を指摘されたのです。他人事ではありません。神さまに愛された真の生き方を離れて生きた真の伝統はありません。使徒パウロは「わたしが受けたこの恵み」の福音を、神と人そして人と人の間柄を空洞化しようとする罪の現実に向ってメッセージとして伝えました。

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ヤコブの手紙4章17節

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 尖閣諸島沖での衝突事件について「愛国の火」は取り扱い注意と朝日新聞論説委員の真鍋弘樹が「日中衝突と国民感情」について書いていました。「愛国の火」というのは「乾ききった草原は一本のマッチで火がつく」危険があることを歴史が伝える通りです。また郵便不正事件をめぐる地検特捜部内の逮捕など「人がなすべき善を知りながら、それを行わないのは、その人にとって罪です」という言葉は時と所を超えて人類共通の真理です。この言葉にあるように自覚的な生き方を一人でも多くの者が生きていたら世の多くの悲劇は少なく、戦火に襲われることも少ないことは確かです。ビルや街角の監視カメラがとらえた写真が犯人割り出しに一役かっている今日、それだけ人間関係や良心の陰りがあるからでしょうか。互いに互いを匿名で通せる都市化社会が一般化していることはよい事とは言えません。ヤコブはそう忠告しています。善を進んで生きること、善を求めて行動することが共通の財産となることは、今日人類に必要な指針ではないでしょうか。

(牧師 古財克成)

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エレミヤ書31:10

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 グリム童話で知られる「ハーメルンの笛吹き男」は実話だという説もあるようですが中世ドイツの伝説です。 不思議な男の吹く笛に、大勢の子らが吸い寄せられるようについて行き、そのまま消えてしまった。
 霊長類学者の河合雅雄さんが、この伝説をたとえに引いて、かつて野山で遊び回っていた子どもの姿が、 笛に連れ去られたように消えてしまった。現代の「笛」は電波だ。魔法の波が子どもを誘惑し、室内に閉じこ めた(2010・7・28「天声人語」)とありましたが考えさせられる言葉です。
 昔イスラエルの民は世界の覇者バビロンの地に囚われ、遠く連れ去られ、苦るしい闇黒時代を生きました。 この時、預言者エレミヤは「主の言葉に聞け」といって「贖われ、集められ、大いなる会衆となって帰る」という 神さまの言葉を諸国の民に向かって告げるよう導かれました。
 支配者も被支配者も、とても素直に聞けない時代環境に人々は置かれていました。しかし、神さまの言葉が 告げられ聞かれるところには常に自由と解放がありました。イスラエルの民はやがてそのしるしをみることにな りました。吹かれる笛は今日多様化して、老若男女を問わないようです。今こそ立ち止まって「主の言葉に聞く」 ことは大事なことだと思います。

(牧師 古財克成)

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ヨハネによる福音書5:17

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 地下にいた33人は性格も考え方も違う。「最初はとても難しかったが、次第にグループを作るようになり、お互いの結びつきが強まるようになった」。わずかな食料の配分の仕方も全員で決めた。「食べ物の量をみて、今日はこれだけ、次はこれだけと計算した」という。「すべてのことは多数決で決めた。一人のリーダーがいたのではなくて33人みんながリーダーだったと思う」と振り返った。8月5日(現地時間)チリのサンホセ鉱山落盤事故で、約700メートル地下に閉じ込められ、70日間の苦闘から奇跡的に救出された作業員アバロスさんの言葉です。しかし、そこに至る道のりがありました。地上との連絡をとるため、それぞれ持てる知識を生かし、そのグループは地下の坑道でタイヤを燃やし岩穴から煙をだそうとしてみた。別のグループは爆薬で小規模爆発を起こし振動が伝わることを願ったが地上には届かなかった。一つ一つがみんなを結ぶ絆となって奇跡的生還に繋がっていったと思います。
 地底の闇の中での努力は限界がありますが地上からの探査ドリルに始まる救出作業によって感動と歓声のうちに8月22日全員無事が確認されました。地上からの音が聞こえた聞こえ始めた。「まだ捜し続けている」「33人は避難所で無事」と書いた紙を用意しました。その時の思いは計り知れない。救出作業は予測をはるかに上回り進められました。そして、無事を願う世界の注目する中、喜びに包まれ10月13日全員が救出されたのです。
 出口なしの塞がれた坑道の頑なな岩盤をドリルが開けるように、イエス・キリストの福音は救出のため、私たちに働きかけています。地上にも地下にも言葉に尽くせない痛みがありました。「主よ憐れんでください」と愛の神さまに手紙を届けたいという思いと重なります。アバロスさんは地上にたどり着いた時は「生まれ変わるようだった」と言ったということです。深い言葉です。

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マタイによる福音書14:19

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 雑草に対する私たちのイメージは「たくましい」という感じがありますが「植物学の世界では弱い植物で、雑草から私たちが学ぶことが多い」と静岡県農林技術研究所の稲垣栄洋さんは意外なことを言っています。条件の悪いところで生き残るすべを心得て、ほかの植物との争いを避けて場所や季節にそう生き方をしているのです。環境を受け入れ、逆境をチャンスに変え、冬眠ならぬ夏眠して競争を避け、愚痴を言わない。「実を結ばない雑草はない」といわれる「しなやかさ」をもって「生きる目標」がはっきりしているというのです。 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい・・・」とつい呟きたくなる昨今、なるほどと教えられ考えさせられます。
 「雑草」と訳されている言葉がただ一つ聖書のヨブ記にありますが、多くは「草」という言葉が使われ、「地はあお草・草を芽生えさせ(創世記1:12)」と豊かさを表し「草は枯れ、花はしぼむ(イザヤ書40:7)」と弱さ・はかなさに触れています。イエスさまは「草の上に人々を座らせ」尽きることのないキリストにおける神さまの愛を、わずかのパンと魚を用い、救いの恵みとして与えられました。座した大地の「草/雑草」に、人々は何かメッセージを聞いたことでしょう。「人はみな草のようだ(ペトロの手紙一 1:24)」しかし生きる場所と機会をどこに求めるかを触れ確かめるよう、そこに「座る」ようにと言う救い主イエスさまのみ言葉に聴きたいと思います。

(牧師 古財克成)

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ガラテヤの信徒への手紙6:15

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 子どものころ、田舎の墓地で、祖母からあれは「無縁仏」だと聞かされて何とも寂しい思いをした記憶があります。最近は「無縁社会」という言葉が聞かれるようになりました。昔は生まれて幼児期を肉親家族に囲まれてすごす「血縁関係」から、幼稚園・保育園・小学校と進み仲間ができ、家から近隣の「地縁関係」へ広がり、中学・高校・大学と進み働くようになると近隣からより広い社会に出て人々と出会う「社縁関係」となる図式は年齢とともにはっきりした成長過程だったと思います。
 60年代後半ころでしょうか「越境入学」や「お受験」「単身赴任」「核家族」に「高齢化」などの「用語」に見る社会の様相の変化と共に境界線が入り組みはじめ、曖昧になり、居場所を求め、あたかも駆け込み寺のように「無縁」という勝手口が開いていたのでしょうか。一人で言い知れぬ辛さを背負いつつくぐったことでしょう。
 血縁・地縁・社縁に次ぐ「第四の縁」を提唱する人もいます。無縁社会化する中に関わりを生み出すように、手を出そう口をだそうと昔の「お節介屋」・「世話好き」の提唱です。「縁」とは「関わり」を意味します。「人間は社会的動物である」とはアリストテレスの言葉ですが、人は横のつながりにおいて生きているのです。そして、愛は常に他の人との関わり合いを求めます。「愛がなければ無に等しい(コリントの信徒への手紙一13:2)」のです。
 使徒パウロはキリストの十字架の愛に注目し「世はわたしに対し、わたしは世に対して十字架につけられた。大切 なのは新しく創造されること」だとキリストにおける新生を告白していますが今日注目すべき言葉です。

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マタイによる福音書9:22

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 「医師の話ではない。人間の話をしているのだ」。地域医療に携わる若い医師の栗原先生は「24時間365日」のネオンが心強く灯る信州の病院の内科医です。厳しい経営の中でスタッフの勤務環境は限界にきていますが、支える家族やスタッフの人間性や健康や家庭問題を漱石流のタッチで浮き彫りにしています。医療の手を超えたところで結ばれている人と人の絆に医学の及ばない目に見えない癒しを覚える姿は大きな示唆を与えます。「逝く人々をとどめることはできない。これは神の領分である。だが細君の声に、私は振り向くことができる。これは人の領分である」(夏川草介著「神さまのカルテ2」)。愛は無縁化する多忙さから隣人に「振り向く」ことではないでしょうか。
 イエスの服に触れ救われた婦人のことを福音書は紹介しています。多くの医者にかかり12年間病苦に悩まされ疲れ果てた一人の婦人です。健康を、経済を、仲間を、そして時間を失った人がイエスの服に触れれば何とかなると思いつめた結果です。群集に囲まれた中の出来事です。気づかずに、いや面倒なことと、たいしたことではないと通り過ぎてもおかしくありません。が、群集の中に苦悩する婦人の行動にイエスは「振り向い」て目をとめました。あなたのやってることは迷信的だと批評するのでなく、優しく愛をもって受け止め救いに導かれたのです。挫折し、立ち止まり、行き悩んでも、振り返り救いに導く救い主イエス・キリストがいること、そしてわたしたちが隣人を振り返ることを促す主イエスの眼差しを覚えたいですね。

(牧師 古財克成)

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フィリピの信徒への手紙1:6

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 「洗礼を受けた時は何か人生の転機でもあったのか、その感想を話してください」といわれ、何も人を感動させるような経緯や体験を持っていない私は、ただ手短にその時のことを話すだけで、最初は辛い思いをしたものです。
 始めて教会の礼拝に顔を出してから2年後、中学4年の時私は12名の友人たちと一緒に洗礼を受けました。いつの間にかそうなってしまったような、主体性を欠いた自分の姿勢に「これは一時的な感情だったのか、熱がさめたらお仕舞いなのか、忠実に信仰生活を続ける自信はないし保障もないし」と気になり、一緒に洗礼を受けた友人に知恵を求めて語り合いました。「それは君次第だよ」といわれますます不安と後悔がましたようなことが思い出されます。
 始めがあれば結論がある。世界には必ず一切の疑問が解決され、結論の出される日がある筈です。終末の時です。聖書は「イエス・キリストの日」と教えています。使徒パウロは「その日まで信仰が保たれ完成される」と教えています。神さまが愛を持って先手を打って私たちの中に働いてくださるというのです。この言葉に接した時、これこそ福音だと思いました。信仰の根源がどこにあるか、それは神さまが始めてくださったのだと教えています。それ故私の努力によって完成に向かうのではなく、神さまがキリストの日までに完成してくださると教えています。これは恵みそのものです。そこに立って歩みたいと思いました。

(牧師 古財克成)

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テサロニケの信徒への手紙一5:10

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 信仰が眠ってしまったような気になることがあります。イエスさまは「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。(マルコ14:38)」とペトロたちに告げておられます。私の信仰生活はスランプ状態ではないか、眠っていないかと心配することが再々ありますが、イエスさまの愛の慈しみ深い眼差しは、わたしたちの現実をよく知っておられます。
 インドに伝わる例え話「猿の子と猫の子の話」を昔聞いたことがあります。「猿の子は母猿にしっかりと、落とされないよう全力でしがみつき移動します。木から木へと渡り歩く母猿は、子猿を抱いているわけにはいかないからです。ところが子猫は移動する時、母猫がしっかりと銜えて移動するので子猫は少々眠っても落ちることはありません。信仰は自力で努力し神さまにしがみついていくと言う猿の子式ではなく、目覚めていても眠ってしまったとしても、銜えて移動する母猫に全面的信頼をおく猫の子式だ」ということです。
 パウロが、キリストの十字架の贖いの死は、私たちが目覚めていても眠ってしまったような、たとえスランプのときでも、主と共に生きるように大きな恵みと愛そのものだと言う神信頼の言葉は本当に救いであり力つけられます。

(牧師 古財克成)

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ヨハネの黙示録3:20

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 古くから伝わる教会の暦では新しい主の年アドヴェントに入りました。来年2011年は干支によると「ウサギ年」だそうです。「ウサギ年」によく「卯」という文字が使われています。これは時間的には「卯の刻」というように夜明けを告げる時です。また「卯」の字は物を切り開いた形、扉が左右に開かれた形から来たそうです。希望の扉が開かれる年でしょうか。
 黒船来航により私たちは「開国」し、外に向かって扉を開くことになりました。第二次世界大戦後は民主主義国家に向かって扉が開かれ歩みだし、多くを学びました。内側から開くというより外から扉を開かれたのではないかとも言われます。開かれた扉を自覚したとき、国際社会に貢献する者となろうと歩みだしました。草木が地面から新しい命の芽を出す姿をあらわす「卯」の字に相応しい時を自覚しました。
 「戸口に立ってたたいている」方がいるとヨハネは呼びかけています。救い主イエス・キリストです。神さまの愛による救いと癒しと励ましをもって不透明な世の孤独・苦悩・憎悪・無気力という部屋の扉を叩いておられます。扉を開いてその回復をもたらす救い主を迎えいれるよう呼びかけています。救いの喜びの夜明け、その恵みに与る「卯」の年にしたいと思います。

(牧師 古財克成)

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ペトロの手紙一2:24

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 クリスマスによく聞かれる「二本の木」という話があります。ユダヤの丘に小さい時から仲良しで、大きくなったら僕は美しい宝石箱になりたい、私は世界の海を行く船のマストになりたいなどと話しながら成長しました。
 ある日、美しい宝石を入れる箱になれると期待した一本の木が運ばれて行きました。しかし、宝石ではなく飼い葉を入れる桶になり、家畜小屋におかれました。ある夜のこと生まれた赤ちゃんを寝かせることになりました。救い主イエスさまがお生まれになったのです。世界で最初のクリスマスの御用を果たしました。
 年月が過ぎ、もう一本の木が運ばれて行きました。世界の海を行く船のマストになれると期待して喜びました。しかし、一人の男が処刑されるための十字架になりました。そして、すべての人の罪を負い、赦しと救いのために神さまの裁きを負うイエスさまの御用を果たしました。 二本の木は思いがけない道を行き大切な神さまのお働きに仕えることになりました。こうしてクリスマスツリーのどこかに十字架が飾られるようになりました。
 「十字架にかかって自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。・・・そのお受けになった傷によって、あなた がたはいやされました」(ペトロの手紙一2章24節)。私たちは心に飼い葉桶を、そして十字架を仰ぎ救い主イエスさま を迎えるクリスマスに備えたいと思います。

(牧師 古財克成)

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イザヤ書2:4

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 イエスさまが誕生されたといわれるベツレヘムの洞窟の上に建てられた現在の聖誕教会は6世紀に入ってからですが、最初の教会は326年のことだといわれます。その中の聖カテリーナ教会では12月24日恒例のクリスマスのミサが行われました。新聞には今年エルサレムの大司教は「我々の教会の鐘の音が、中東に響く武器の音を消し去りますように」と中東和平の実現を祈ったと報じていました。「神には栄光・地には平和」とは最初のクリスマスに天使が歌った賛美の響きでした。
 古道具屋で買ったテーブルの引き出しに一通の手紙がありました。第一次世界大戦の時です。前線でドイツ軍とイギリス軍が対峙していた時、互いに「メリークリスマス」と声があがりました。無人地帯で互いに交じり合い自己紹介をしたり食べ物を分かち合い乾杯しました。そしてサッカーに熱中しました。「戦争を終わらせる方法が解った。サッカーの試合だ。親を失う子どもも夫を失う妻もいない」。しばしの休戦のひと時を伝えた手紙でした。「世界で一番の贈り物」(マイケル・モーバーゴ作)。「地には平和」はクリスマスのメッセージす。私たちの「平和憲法」は世界に先駆けたメッセージではないでしょうか。平和を実現する人は幸いです(マタイ福音書5:9)。

(牧師 古財克成)

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コリントの信徒への手紙一11:23

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 大阪代表に選ばれ出場する全国駅伝に備え、練習に励む滝沢は無理が祟って足を疲労骨折してしまいました。思いがけない怪我のため、走れなくなって落ち込む滝沢にあかりは言葉をかけました。「お母ちゃんがいつも言うとった。ちゃんと食べてれば何とかなるって。おばあちゃんもいうとる。夜が来れば寝るもんや、いやでも朝が来るって。みな受け売りだけど・・・。」(NHKTVドラマ「てっぱん」)の一場面です。あかりの言葉は、失意で心が折れてしまいそうな滝沢にとって心にしみこむ慰めとなり励ましとなったことを場面が物語っていました。あかりのメッセージは祖母と母親からの「受け売り」ですが、それは彼女たちの折れてしまいそうな人生の岐路に差し掛かった時、聞かされ、告げられ、受け継がれてきた生きた言葉だったと思います。
 イエスさまは「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。(マタイ福音書11:28)」といわれました。重荷が消えるわけではありません。疲れる労苦がなくなるわけでもありません。当時人々は多くの重荷を強いられ疲れ生きていました。それを担い取り組む力をイエスさまの言葉は与えます。一緒に担って行こうと十字架を負いぬいて同行してくださるからです。イエスさまから受けた福音はそのまま受け渡され、伝えられ聞く人々を救い力つけてきたのです。福音のみ言葉に聞き受け継ぎ、伝え励ます年でありたいですね。

(牧師 古財克成)

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エゼキエル書18:32

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 新任の小石川養生所の医師見習保本登は父母を訪て帰る途中、服毒による五郎吉一家心中の知らせを受けました。五郎吉の家族は妻おふみと虎吉を頭に長次・おみよ・おいちの4人の子どもたちです。路地を挟んで左右に並んだ棟割長屋の一角で起こったことでした。発見が早く夫婦は命を取り留めたものの、子どもたちは助かりませんでした。貧しくとも「一と匙の塩・醤油まで借りあい、兄弟以上につきあってながら、ひとこと相談してくれればよかった」と皆悲痛な思いです。「持って生まれた寿命を自分で捨てるなどということは罪だ、みんなが見殺しにできなかったのは当然のことだよ」登は言った。尤もです。
 「生きて苦労するのは見ていられても、死ぬことは放っておけないんでしょうか。助かったあと苦労がいくらか軽くなるんでしょうか」おふみの言葉が胸を突きます。この問いに答えられる者があろうか(山本周五郎「赤ひげ診療譚」)と読者は問われる思いです。1998年以降13年連続自殺者3万人超という社会の深部を突く言葉です。ジャーナリストの斉藤貴男は「経済成長あるいは生産性の向上をすべての価値に優先する思想が浸透し手段が目的化している」と警告しています(「日本の論点2011」文芸春秋編)。
 地獄の廃墟のようなところに立って、生きる目的を失った第二次世界大戦後、生きることを教える聖書の言葉を新鮮な思いで耳にし読んだ時、本当のものに「立ち帰りたい」と思いました。神さまの言葉は気休めではなかったのです。本気だったからです。独り子イエスさまを十字架の贖いのために渡す愛を貫いて「わたしはだれの死をも喜ばない、生きよ」と語りかけてくださったのです。「生きよう」と思いました。

(牧師 古財克成)

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ガラテヤの信徒への手紙5:22

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 「人間は社会的動物である」というアリストテレスの有名な言葉があります。私たちは人との関わり・つながりにおいて生活していかざるをえないということでしょうがいつしか「匿名性」の暗い霧が立ちこめ「孤独から孤死」という記事を見るようになっています。
 不思議な老人の力によって富豪になる機会を与えられながら三度目には「お金はほしくない」と杜子春は断りました。「贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」とつんけんどんに言いました。何かを失った人間の関わりあいに対する不信です。どこで間違ったのか手段が目的となってしまったような関わりあいへの問いかけです。神さまの愛は救い主イエスさまによってそこに揺さぶりをかけます。真の愛へと回復されます。
 真の愛の関わりは他人を利用できるだけ利用して利用価値がなくなったら切れてなくなるようなものではなく、逆にどこまでも利用されあう関係だといえるかも知れません。使徒パウロは「愛の律法を全うする」よう「互いに重荷を負いあいなさい」(ガラテヤの信徒への手紙6:2)と勧めています。愛の絆によって結ばれる世界です。ここには「喜び・平和・寛容・親切・善意・誠実・柔和・節制(ガラテヤ5:22)」などの実を結びます。私たちを愛してやまない主イエスにおける神の愛に導かれ私たちはこの実りに隣人と共に与りたいと思います。

(牧師 古財克成)

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詩篇139:8~10

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 「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)と約束されたイエスさまのお言葉は愛による神さまとの強い「つながり」を教えらます。しかし、今日社会の水面下で何が起こり進行しているのか「無縁社会」という言葉が聞かれます。1990年代のことでした。群集の中の孤独でしょうか「迷惑はかけたくないし、ラジオだけが友達です」と夜の新宿の公園で交わした寂しい会話を思い出します。
 「人が何をしていようが関係ない社会は狂った世界だ」とフランスの作家カミュは言ったそうですが「無縁社会」とはどこか狂った世界なのでしょうか。隣人との「かかわり」や「縁」というものは互いに迷惑をかけあい許し合うものではなかったか、「迷惑をかけたくない」という言葉に象徴される「つながりやかかわり」の希薄さを高山仁(NHK無縁社会プロジェクト取材班)は指摘しています。今話題のNHKテレビドラマ「てっぱん」では興味深く人のつながりを明るい「お節介」がつないでいく姿は印象的です。
 それでも現実は厳しく試練は絶えません。見放されたような孤独の闇に閉ざされます。詩篇の著者はその苦悩をいやというほど味わったのでしょうか、陰府に落ち神さまが見えなくなった時、神さまの声を聞いたのです。神さまなんかいないと結論したそこに、愛をもって私を思いやる神さまがいてくださったという発見をし生かされたのです。高山仁は「人そしていのちを思いやるれる社会こそが願い」だと結んでいますが今日大事なメッセージです。

(牧師 古財克成)

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ルカによる福音書10:30

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 かなり長く大きな揺れで本棚を手で押さえたもの上にあった物は遠慮なく落下しました。11日、三陸沖を震源とする国内最大級の東日本巨大地震と津波による恐怖と悲惨を伝える報道に呆然と佇み注目しました。1995年1月の阪神淡路大震災の惨状が重なり駆けつけたものの呆然となすすべなく立ちつくしたことを思い出します。時間の経過とともに被害の深刻さが深まるばかりで被災された方々の安否を思う痛みと悲しみは計り知れません。ただ神さまの支えを祈るものです。
 首相は13日の記者会見で国民へのメッセージとして「戦後の国家最大の緊急事態として力を合わせて困難な事態を乗り越えよう」と協力を呼びかけましたが大事な声だと思います。課題や疑問も多々あるかと思いますが、今必要なのは目前の被災し不安の窮地にある方々の声に応え行動を起こすことではないかと思います。痛みを分かち合い担い合い一日も早く困難な事態を乗り越えることです。海外の新聞社説からの「がんばれ日本」「不屈の日本」「冷静な日本」などのメッセージにも励まされる思いです。
 「善いサマリヤ人」という小見出しがあるイエスさまのたとえ話しがあります。傷つき倒れた旅人を介抱し助けたサマリヤ人は「わたしの隣人は誰か」と問うことなく、傷つき倒れ助けを必要とする人の「隣人となった」のです。どこまで、どの程度介抱したらよいかと問うことなく、祈りつつ彼がい合わせたその場所で彼が出来ることをしました。サマリヤ人の行動は大きな愛の証となりました。その声が今、各地から聞こえるように思います。

(牧師 古財克成)

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ネヘミヤ記1:4

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 「東日本大震災で大きな悲劇の中にいる人たちに、僕が何を伝えたらいいのかわかりません」と映画監督の山田洋次さんは言っていますが災害の及ばなかった地域の人たちの、その時の正直な声かもしれません。
 阪神大震災の後、焼け出された人たちから「寅さんに来てほしい」という声があがった時山田さんは「僕はあんな無責任な男の映画を被災地で撮るなんて、とんでもないことだと思い断りました。でも訪ねてきてくれた長田の人たちが口々にこうおっしゃいました。私たちが今ほしいのは同情ではない。頑張れという応援でも、しっかりしろという叱咤でもありません。そばにいて一緒に泣いてくれる、そして時々おもしろいことを言って笑わせてくれるそういう人です。だから寅さんに来てほしいのです」といわれたそうです。
 日夜献身的救援活動が続けられる中、山田洋次監督は「寅さんなら何と言うだろう、どう行動するだろう。大事なことはこの大災害に僕たちの国の政府がどう対応するのか、きちんと監視し問題があれば抗議することが応援になると思います」(朝日新聞文化「想像することでつながる」)と記していました。また作家の落合恵子さんは「どこ まで不自由さをシェアできるかを再度深く考えることも、被災地の外にいる「わたし」にできることのひとつ」と朝日新聞の生活欄で記していましたが、今出来る救援活動への参与と共に大事な一面だと考えさせられます。涙と嘆きの祈りは尽きません。

(牧師 古財克成)

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コリントの信徒への手紙11:29~30

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 「これほどの範囲で風景が消え、物理的にも精神的にも全てが一気に奪われるとは」。建築家安藤忠雄さんの慨嘆に触れていました(朝日新聞「天声人語」)。世界最大級の地震と津波に福島第一原子力発電所の事故です。安否を気遣い、重なる不安や寒さに喪失感は大きく計り知れません。まだ手の及ばないところもある困難さの中で、復旧活動とボランテアの方々の献身的な救援活動が日夜続けられています。教会では協力して出来る支援活動が順次進められ、礼拝では共に祈りを併せています。津波で泥だらけになった八戸の保育園で、園長の加賀昭子さんは「人々の力が一つになれば、どんな苦難も乗り越えられる。人のつながりの尊さを園児に教えていきたい」(朝日新聞:いま伝えたい/被災者の声)と記していました。自らの弱さ無力を思い救われる一言です。
 一時食品がお店から姿を消したり、ペットボトルがなくなりました。「あなたの必要の方が大きい」と自分の水筒を傷を負った兵士に手渡したと伝えられたのは、16世紀、シドニー卿の逸話だそうです。「ピンチに一つになれるのは素晴らしい。しかし天災と人災を一緒くたに論じたりするこの国のメンタリテイは」と指摘する外国人記者の目は大事な一面だと思います。「被災地の辛抱強さ、規律正しさは世界を驚かせている。胸を打つ話を日々伝え聞く。助け励ますべき後方が取り乱していては申し訳がないと、わが肝に銘じる(朝日新聞「天声語」)」。

(牧師 古財克成)

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マタイによる福音書25:40

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 牡鹿の大谷川地区は高台にある2階建ての小学校までが完全に水没し全域が壊滅状態でしたが、半数を超える高齢者とも100人の住民全員が退避でき、地域コミニテイーの大切さを再認識させられたと特別報道センター依光隆明さんは言ってました。避難単位となった小集団すべてがリーダーのとっさの判断に従い近くの山に駆け登ったのです。お年寄りを背負い、車椅子の人を4人がかりで担ぎ上げ逃げ切ったのです。助け合い、支えあう人と人の繋がりの貴重な証でしょうか。
 上田紀行さん(東京工業大学文化人類学者)は宗教団体によるこの震災の支援活動として変わりつつある仏教界として寺や僧侶の動きを紹介しています。被害を免れた寺が被災者の一時避難所となったりインターネットを通して全国の僧侶に呼びかけ物資調達に着手したばかりか地域の情報を持つ寺を拠点に崩壊した行政が行き届かないところでの支援、被災地から離れた寺が一時疎開の場を提供するなど「駆け込み寺」の機能が浮かび上がってきたということです。
 大震災から一ヶ月、被災地では身内も故郷も失った被災者のケアは大きな課題です。小さなところにこそ注がれる眼差しをもって人々の「苦」を支えるネットワークとなれるか「安心」の根幹に関ることがらの指摘は注目すべき示唆に富んだ大事な課題だと思います。

(牧師 古財克成)

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マタイによる福音書27:46

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 「天災と人災が絡み合うこの惨禍の縮図」ひと月を経ても、福島県南相馬市は災いの中だったと「天声人語」は記していました。毎日ひたむきに生きてきた人々が、理不尽にも命を奪われ、被害を受け苦境にあります。阪神淡路大震災の時冷たい夜空にぽつんと立った電柱を見上げた時キリストの十字架が重なって見えたことを思い出します。「お前がキリストなら自分を救ってみろ」と罵声がとび、弟子に裏切られ、神さまからも捨てられ殺される深い闇が包むゴルゴダの丘にキリストの十字架は立てられていました。キリストが叫ばれた言葉は「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という惨い祈りでした。
 神さまから見捨てられた闇黒の中にキリストの十字架が立てられたことを証することによって、聖書は神さまがいないような絶望の闇の中に、十字架の主イエスが立ち、痛みを一身に負い、共に祈り、救いを成し遂げてくださる福音を告げるのです。神と無縁と思われる暗闇にキリストの十字架は「わたしがここにいるよ」と立ったのです。古くから伝わる教会の暦では今キリストの十字架への道の季節を過ごしています。十字架の死に終わるのではなく復活の明日に向かうのです。復興へなお長い道のりでボランテアの献身的支援活動に国の内外から見えない声援が聞こえます。
 聖路加国際病院理事長日野原重明先生が「死別に悲しみ寄り添う本」として朝日新聞で紹介された3冊の本の一つにアブラハム・リンカーンの言葉があります。「悲しいときには、胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。(中略)やがていつの日か心の晴れるときが来ようとは、いまは夢にも思えないことでしょう。けれども、それは思い違いというものです。あなたはきっとまた幸せになれます。」(「すばらしい悲しみ」G・Eウエストバーグ著)。主が共にいてくださいます。

(牧師 古財克成)

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